第一話から読んでね


第二話 引っ越し屋はオオカミ?   



 学生のバイトにとっては、お客さんが若い女性だとパワー全開である。
 
 出会いやトキメキ等はあり得ないことは分かっているのだが、でも男のお客さんの引っ越しに比べると、元気が出てくる。


一人暮らしの女性の部屋に入れるわけで、これだけで男子学生にとっては心ウキウキなのである。


朝、事務所に行って


「今日は一人暮らしの女性のだから、2トンショート1台で行って来い」


とか言われると、お客さんが若く美人であることを、心から願っている。


 バイトも1年半ぐらいやっていると、人手が足りないときなど私が運転手をやって、後輩の体育会系バイト等を一人引き連れ、社員さんなしでこなすことなどが出てきた。


 社員さんがいなくていいのだろうか?と我ながら思ったものだが、そこは小さな引っ越し屋の機動力なのだろう。


 3月の引っ越しシーズンのある日、引っ越し件数が全部で7件ぐらい重なっていて、この日私は運転手をすることとなった。


(ちなみにトップシーズン中は、1日2件程度引っ越しをこなす。私は朝7時から真夜中の12時までで最大4件こなしたことがある。どんなに夜遅くてもこの日に引っ越しがしたいと言う人が結構いるのである)。


 ラッキーにもこの日は、女子短大に入学した女子大生の引っ越しであった。


 助手のバイトと一緒に現場へ向かうトラックの中での会話は、弾んだことこの上なしである。


 神奈川から吉祥寺のはずれへの引っ越しである。


 無理すれば通学はできないことはないが


「一人暮らしがしたーい」


と、だだでもこねたのであろう。想像力抜群の私と助手は、脳みそをブクブクと膨らませた。


 東京の一等地での一人暮らしに期待溢れているだろうと、膨らむばかりの想いを胸に、引っ越し元へとトラックを走らせた。

 着いてみると、小さめの2階建ての庭付き一軒家で、ごくごく平均的な家庭みたいである。


「おはよーございます。運送屋です。」


中からお母さんらしきおばさんが、ニコニコと出てきて


「あー運送屋さんね。はやかったですね。今日はどうもよろしくお願いします」


と丁寧に挨拶をしてきた。


当の本人の花の女子大生は、まだ顔を現さない。


お母さんに2階の部屋に案内された。


ここに女子大生はいるに違いない。


「失礼しまーす。ガラ、ガラ、ガラ」


 部屋には家具のほかに完璧に詰め込まれた段ボールが、20個ほど山と積んである。


 しかし当の女子大生は、この部屋にはいない。


「なぜもったいぶるのか?」


「見せるだけで金が取れるほど美人なのか?」


「もしくは見れないほどの顔なのか?」


かなりイライラしてきた。


 部屋は8畳の畳敷き。


 しかし、女の子の部屋とはっきり分かるほどの面影はすでにほとんどない。


 壁などに掛けられているはずの小物は姿を消し、机やタンスのデザインが女の子が選ぶ様なかわいい家具と言う程度である。


 一通り部屋の観察を終えたら、本来の仕事に戻らなければならない。


 しっくりと来ない気持ちのまま、まずはタンスを運び始めた。


 荷造りは完璧である。


 小さなタンスの中身は全て取り出してあり、引き出しは運び出すとき飛び出さないように、かつ跡がつかないように布のガムテープで止めてある(少し粘着力の少な目のテープで止めるのが正解)。


 これだとちょっとくらい重くても平気である。


 段ボールもガムテープですでに蓋をしてあり中に何が入っているのかを書いてあるため、運びやすい事このうえない。


 前にも書いたが、荷物がこのような状態だと、ホンの20分もあれば荷物を運び終える。気にするのは運ぶ順序だけである。

 引っ越し屋でかなり技術がいる一つとして、トラックへの荷物の詰め込み方がある。


 荷物が多い場合は持ってきたトラックに全て載せなければならないし、荷物が少なければ荷物が崩れてこわれたりしないように積んでいかなければならない。


 最初に運び入れる大きな荷物を運び終えると、運転手は普通この詰み込み作業専門になる。


 トラックの荷台にいて、段ボールなどの小さな荷物が来るのを待っていて、運んできた荷物を上手に積め込んでさえいればいいのである。


 この詰み込み作業は簡単そうに見えるが、結構慣れるまで難しい。


 荷物がおおいときは高く積まなければならず、重さ、形、大きさを考えてまるで積み木のように組み合わせなければならない。


 センスの問題でもあるのだが、一筋縄では行かないのが普通である。


 私はこの時期、詰み込み作業を社員さんと同じレベルでこなせるようになっており、後は運転をこなせれば、責任者としてまかせられるようになるため、時給もグンと跳ね上がるのである。


 しかし、今回の荷物は大きなものとして机とタンス、後はほとんど段ボールの中に詰め込まれているだけで、考える事なんてほとんどない。


 平積みのまま、タンスを倒れない様にゴムのロープで固定程度である。なんて楽な引っ越しであろうか。


 荷物を詰み込み、固定していつでも出発できる状態になるまでホンの4、50分、少し汗をかくか、かかないかの労働である。


 お母さんがこの様子を見て、


「あーさすがプロ。あっと言う間ですね。お茶を用意する暇もない。」


私はアルバイトである。


「お気を使わないでください。もうすぐ終わりますので。」


「まーそう言わずにお茶でもどうぞ。じゃあ、そろそろ私も行く用意をしないとね。」


「ん?」


うすうす恐れていたが、このおばさんが一緒に行くらしい。


「お茶など出さずに娘出せ!」


と喉まであがってきた。


2トントラックは、座席に横1列に3人乗れるため、車のないお客さんなどはたまにトラックに乗っていく場合がある。


このおばさんは、そのことをを良く知っているかのごとく、何も聞かずに家の奥に入っていき、小さなバックを持って出てきた。


 助手のバイトと共に横に女子大生が乗って、話に花を咲かせながら引っ越しができるかもと期待していた引っ越し屋二人は、横に乗ったただのおばさんを見て、今にも溜息をつきそうな顔で出発の時を迎えた。


「それじゃ出発します。」


 物悲しいディーゼルエンジンの音と共に車は出発した。


 運転途中は世間話に終始した。


 実際はものすごく不機嫌なのだが、そこは客商売である。


そんなそぶりも見せず、天気の話から始まるまるでおばさん同志の様な取り留めのない話を、2時間ほどして引っ越し先のマンション近くまでやってきた。


おばさんが、


「あれです。あの高いマンション!」


 周りの建物より少し高く、6階建ての少し光沢のある青いタイルで包まれた新しいマンションであった。


マンション前への通じる小道へ曲がる前に気付いたのだが、入口に面する道が狭くかつ一方通行である。


 どうもその反対側に来てしまったらしく、トラックを入れることができない。その狭い通りに入る前に一度車を降りて入口に至るまでの道の様子を確認した。


「んー困った。」

 どう見ても、マンション前の一方通行の道に入る曲がり角を、トラックが通れないのである。


 角に電柱が立っていてさらに狭くなっている上に、角の家の植木がズズッとはみ出してきてトラックの幌に当たるのである。


「困った。」


 引っ越しでは実を言うと荷物の重さはピアノみたいに異常に重くない限り、あまり問題にならない。


 荷物の体積と、手で運ぶ距離の方が問題なのである。


 荷物を持ったまま長い距離を運ぶことは、たとえ荷物が軽くともすごく疲れるし、時間がかかるのである。


 要は一番重いのは人間の体。


 この事情から、運転手はいかに運ぶ距離を短くするかにかなりの神経を注ぐ。


 今回などは一番やっかいなケースで、最悪の場合、少し離れた駐車場などにトラックを止めて、荷物を持って歩くことになるわけである。


 少し考えた後、一方通行の通りの出口から、マンションの入口までバックでトラックを入れることにした。


 これまた大変である。トラックではバックが少し難しい。バックミラーは荷台で役に立たず(何故付いているのだろう)、サイドミラーのみでバックするのだが、ほとんど何も見えず、助手の誘導が肝心である。


 幅が狭い通りにバックで曲がって入って行くなど神業に近い。


 最初の一方通行の出口からのバックが苦労した。


 何回か角の塀に触ったが、ゆっくりゆっくり何とかマンション入口までバックでたどり着いた。


 何故かその間、おばさんは車の中に心配そうに乗っていた。


 マンションに着いたら、普通トラックなど気にせずさっさと部屋に入っていくのものなのだが、私たちが右往左往していたのがおもしろかったようである。


 30分ほど車をつけるのにかかってかなり疲れたが、ゆっくりしている暇などない。一方通行だから車が来たら今までの苦労が水の泡である。


 まあ通りの入口からトラックが見えるし、道がせまいため、よっぽどの事がない限りトラックを動かす必要はないだろうが、あんまり長いこと止めてあるとさすがに迷惑である。


「よし、はじめるぞ。」


 運転席からおりて、まず部屋とそこまでの経路の確認である。


 今回は2階のため、エレベータがいいか、階段がいいか。狭いところはないか、傷つけてしまいそうなところには養生(キズ防止の保護)しなければならない等、確認することは結構ある。


 しかし、その第一段階からつまづいてしまった。入口の自動ドアが、セキュリティシステムになっていて暗証番号を入れないと開かないのである。


 この種の自動ドアは建物の中からは人がドアに近づくと自動に開くが、外からは簡単には入れない。荷物を運び入れるときは大変なのである。


 通常は管理人がいて、常時開けておけるようなスイッチを入れてくれるのだが、どうも今は不在の様である。


 おばさんは暗証番号をおして自動ドアを開け、階段をあがって部屋に入っていた。


 私たちも自動ドアのことが気になっていたが、後を追って通路の確認をしながら付いていった。


 すると、おばさんが急に大きな声で、


「まー、なんであんたいるの?」


 誰か怪しい人間がいたのかと急いで部屋に入っていくと、そこには結構ぽちゃっとした長髪の目のパッチリした若い女性が立っていたのである。


 相次ぐ問題の発生のため、女子大生のことなどすっかり忘れて、真面目な引っ越し屋に完全に戻っていた私と助手は、目の奥がキラッと光った。


「これがあこがれの夢見る女子大生か!」


と、感激である。感激からか私は少しどもって、

「お、おはようございまーす。」


その女子大生はニコッと笑って、


「よろしくお願いします。」


声もかわいらしく、予想以上の美人に私は満足していた。しかしちょっとおばさんの様子がおかしい。


「おじさんのとこに行ってなさいって言ったでしょ。どうしたの?」


結構、機嫌が悪い。


「ちょっと掃除に手間取っちゃって。思ったより来るのが早かったから。」


等と二人で小声でブツブツ言い争っているのである。


ここで私は気付いた。


そうである。


われら引っ越し屋にこの美人女子大生を会わせたくなかったのである。


そんなに私たちは信用がないのか?


確かに美人は好きだし、女子大生も大好きである。


しかし、どんな美人であろうが引っ越しが終わったらただの他人であり、東京ならもう会うこともないであろう。


家を知っていようが公私混同などするわけがない。


たとえバイトであろうがそれくらいの常識ははもっているし、破れば犯罪である。


怒り心頭である。


たぶん助手も同じ気持ちであろうが、見るとニコニコしている。


悲しいかな客商売ではこんな時でもにこやかに仕事をしなければならず、助手の態度になんて大人なんだと気を取り直し、


「荷物運び入れますよ。」


と憎きおばさんに声をかけた。


「あ、お願いします。」


こんな仕事はさっさと終わらしてしまえと考え、気持ちを切り替えた。


こうなると問題は自動ドアである。いろいろと自動ドアを観察してスイッチなどを探したが、どうも管理人室内にあるようで見あたらない。


しかたなく、お客さんが荷物を運ぶたびに建物の内側からドアの前に立ってくださり、ドアを開ける事にした。


部屋の中に荷物の置場所を指示する人が一人いるため、自動ドア係は美人女子大生に任命された。


荷物の積み込みと違い、運び入れには運転手もフル稼働である。


荷物を持って自動ドアの前に立つ度に、美人女子大生がドアの前に迎えに立ち笑顔で迎えてくれるわけである。


私の機嫌はこの瞬間は良くなり、部屋に運び入れる時点では、おばさんの指示に従わなければならず、私の機嫌は最悪になる。


このサイクルを、何度となく繰り返す事となった。


最後の方は、美人女子大生の笑顔の方が勝り、かなり機嫌も回復して運び入れを終了することとなった。

ドアの前を通る度に聞ける美人女子大生の


「たいへんですね」


とか、


「がんばってください」

という激励の言葉が心地よかったのである。


この子は箱入り娘で、おばさんは自分の手元を離れるのが心配で心配で仕方がなくこんなセキュリティの厳しいマンションにしたのだな、と思いながら、


「終わりました。」


と過保護心配性おばさんに伝えた。


お金の精算を済ませ、最後に二人並んで見送りにでてきた。


「ありがとうございました。失礼します。」


「お疲れさまでした。」


二人並んでみると、良く似た親子である。


肌にハリがあり、表情が元気いっぱいで明るさにあふれた美人女子大生に比べて、おばさんの顔には気苦労や他人への懐疑によって皺が刻まれ、体型も変わっているのをみると人生の重みを感じずにはいられなかった。


使用前、使用後といった感じである。


この純情な美人女子大生も、こんな都心に住んだらあっと言う間に男ができて、化粧も上手くなってケバくなっちゃうんだろうな、とすこし悲しい気持ちのままトラックに乗ってエンジンをかけた。


帰りのトラックの中での助手は、ニヤニヤして、


「いやー美人でしたね。あの女子大生。お近づきになりたいな。会いに行っちゃおーかな。」


と言っていた。


どうも、私たちが信用されていなく、娘を会わせないようにしていたことは、全く気付いていなかったようである。


今の助手の言葉だけを聞くと、あのおばさんの取ろうとした行動は賢明のようである。


人生での経験のなせる技であろう。私は事務所に連絡を入れて、次の引っ越し先に向かった。


つづく