第一話から読んでね


その筋のお引っ越し


 バイト中1回だけであるが、その筋のお方の引っ越しをしたことがあった。


 引っ越し元に着いてから気付いたのだが、ご主人を見たとたんはっきりとノーマルではないことは理解できた。


 マズイ!


 バイト断ればよかった


と、瞬間頭には浮かんだのだが、今更もうおそい。


 このときは、マンションからマンションの引っ越しであったが、結構荷物が多いとの話だったので、社長さんと社員さん、それとバイト2名で来ており、ほとんど総動員の状態であった。


 社長さんがいたので心強かったが、社長さんも着くまで知らなかったようである。


 どうも引っ越しの手続きは、全て奥さんがやったようで、気付く機会はなかったようである。


 その筋の方であろうご主人は、年の頃は35、6で背は175、6cmぐらい、そんなに身長は高くないが体重は100kg近くはあるであろう。


 ナイフの一本や二本じゃ、くたばらないといった感じである。


 頭はもちろんパンチパーマで、首と腕にある金色のアクセサリーは、体にピチッと密着した黒の半袖ポロシャツと絶妙のコントラストをかもし出している。


 宝石がちりばめられたキラキラと光る腕時計は、私の目を焦がしてしまいそうである。


 2DKの間取りのマンションには、若い衆と見られる男性が2名ほど手伝いに来ていた。


 正直言って、手伝いに来なくてもよかったのにと思っていた。


 どうも若い衆の面倒を見るぐらいの身分になったご主人にとっては、このマンションはちょっと狭くなったのであろう。


 確かに人が集まるような部屋はこのマンションにはなかった。


とにかく挨拶である。


「おはようございます。運送屋です。」


「おー運送屋さん。ごくろーさん。よろしくな!」


機嫌は、良さそうである。


高そうな物がいっぱいであろうと辺りを見回してみたが、別にこれといって置物などなく、普通の家庭と同じ雰囲気である。


しかし、あんまり引っ越しの用意はできていない。


 中から奥さんが出てきた。見てビックリである。


「まーすんごい美人」


20代後半で、ちょっと化粧は濃いめだが、目は少し切れ長で、髪はストレートでスラッとした体つき、モデルといっても十分通用するルックスである。


やはり、金に目がくらんだのであろうか、などどよぎったが、ちょっと甘ったるい声で、


「あら引っ越し屋さん、早かったですねー。すいませんが、まだ用意が終わってないんですよ。」


約束の時間ぴったりのはずであるが、よくある会話である。


うちの社長が、


「おい、おまえら残りの物を段ボールにつめていけ。」


と、作業開始の合図である。


そうそう、早く片づけて帰りましょうという感じで、仕事を始めた。


まずはクローゼットでもと奥の部屋に入って大きめの戸を開けると、ドヒャーである。


お、おびただしい数の衣類が、所狭しと吊るされている。


しかも、色彩がほとんど原色の黒、赤、黄色、金色、紫と派手派手である。


よーく見ると、奥さんの服ばかりではなく、ご主人の服が半分ぐらい占めている。


テカテカのスーツを見ると、血の気が引くのさえ感じられる。


「やっぱりその道の方はおしゃれですねー」


とでもお世辞を言えばいいのであろうか?


私はスーツが皺にならないように最新の注意を払いながら、仕事を進め始めた。奥さんが、


「いいですよ、どんどん重ねっていっても。」


とんでもない。そ、そんなことは私にはできない。


奥さんが横に来て、無造作にネクタイやベルトなどを段ボールに積め始めたが、私は衣類を黙々と荷造りしていた。


通常の3倍ぐらいの時間がかかっているのではないだろうか。


 一通り積め終わって、トラックへ運び出したら、トラック付近で若い衆が荷物運びの手伝いをしていた。


普通は、怪我でもされては困るので、お客さんには荷物は触らせない。


でも、今は普通ではないのだろう!


なかなか軽快な動きでよく働いている。


さすがに家具などの大きなものは、専門の私たちに任せていたが、段ボールの運搬などは積極的にこなしていた。


いい奴等のようである。


荷物の積み込みは思いの他順調であった。


家具などはちょっとした傷も付けてはならぬと、日頃の引っ越しにくらべてはるかに慎重に運び出したが、荷物自体が思ったより少なく、運ぶ人数も多かったためであろう。


9時から始めた詰め込みは、11時半には終了した。とりあえず、一息である。

「チワー、栄寿司ですー」


奥さんがにこやかな声で、


「お昼来たわよー」


「ちょっと早いが昼にしましょう、運送屋さん。寿司とりましたんで。」


ご主人が、ドスの効いた声でうちの社長に言うと、


「そうですね。そうしますか。」


かくして荷物が片づいて広くなったキッチンに直に座って、握り寿司を囲んでの和やかなお昼の食事会が始まった。


目の前にご主人と若い衆がどしっと並んで座ると、さすがにこわくて、上物のにぎり鮨の味も二の次になってしまう感じである。


「よう、あんちゃん達は、引っ越し屋は長いのか?大変だろ」


「え、ええ、まー慣れればそうでもないですけど」


一応、私たちがバイトであることは通常伏せられる。


「えらいのー、おまえらも見習えよ。バシッ!」


若い衆の肩を叩いている。


「ウイッス」


ほとんど大学の体育会系運動部の先輩と同じノリである。


ぎこちない会話も、徐々になめらかになり、


「よー、引っ越し屋は儲かるのか?」


とか


「なんかあったら俺に相談しろよ」


等というセリフと共に、ご主人の気分は、引っ越し屋のバイト二人までもの良き兄貴のようになりつつあった。


確かに、この手の知り合いがいればいざというとき、何かの役に立つ可能性はあるが、あんまりうれしくない。


20分ぐらいで楽しい昼食会を終えて、引っ越し先へと移動した。


着いてみると、引っ越し先のマンションは2LDKで、前の間取りに比べて一つ部屋が増えただけであったが、リビングが14、5畳分ぐらいある豪勢なマンションであった。


荷物の運び入れは部屋が広いため簡単で、1時間ぐらいで終了してお疲れさまとなった。


この日のご祝儀は、一人5千円分入っていて、私たちをうならせた。


羽振りがいいのか見栄なのかは分からないが、もらえるだけでもラッキーのご祝儀で、良くて3千円止まりの相場なのに5千円である。


何も起きなくて、平穏無事だった今回の引っ越しは、終わってみると割のいいバイトであり、別に私たちにとっては普通の面倒見のいいお客さんであった。


暴力団が撃退されている今も、あのご主人は羽振り良く暮らせているのであろうか?


ほんの少しだけ心配である。


つづく