第一話から読んでね


成金おばあちゃん


 私が経験したおじいちゃん、おばあちゃんの引っ越しは、ほとんどが福祉課の仕事であったが、何度か一人暮らしのおばあちゃんの福祉課以外の引っ越しがあった。


 秋口の少し寒めの日で、これまた私が運転手、体育会系(私は違うが彼はバレー部)の学部の後輩が助手というコンビで、二人では結構タフかなと言う仕事であった。


場所は市内のちょっと大きめの通りに面した庭付きの小さな平屋から、長野県の一軒家への少し長距離の引っ越しあった。


 お客さんはおばあちゃんで、一人暮らしという話である。


 持っていかない物がかなりあるということなので、2トンショートで何とかなりそうである。


 朝は7時に事務所に顔を出し、現場に着いたのは8時で早めの作業開始となった。


 着いて最初の印象は、


「こんな所にまだこんな家があったんだなー」


である。


いつ頃建ったのか分からないが、木造の壁や柱がほとんど真っ黒けで良く見ると家自体が斜めに見える。


これは引っ越すのもしょうがないだろうという感じであったが、建て替える訳ではなく、息子夫婦の元へ行くみたいである。


 おばあちゃんはというと、背中は完全に曲がってしまっているが、矍鑠としていて良く動く明るくかわいいおばあちゃんであった。


 引っ越し先になる息子が手伝いに来ていて、おばあちゃんに、


「これ、持っていくの?」


と私が聞くと、


「あーそれは持っていきたいんだけどねー。」


とおばあちゃんが答える。


息子さんが、


「だめだめ。入れるとこないよ。置いてくよ。」


という調子で捨てることとなる。


この繰り返しである。


その都度確認しての積み込みなのだが、ほとんどの荷物を持っていかないのである。


おばあちゃんは持っていきたいみたいなのだが、息子夫婦の家に入らないという大義名分に負けて諦めるのである。


「そーかいな。はいらんか。」


おばあちゃんは、そんなことばっかりいっている。


こんな感じで着々と作業は進むのだが、ちょっとかわいそうであった。


おばあちゃんに


「おばあちゃん。これ全部捨てちゃうの?」


と聞くと、


「そーなんよ。もったいないけど息子が許してくれんのよ。このまま家ごとつぶしちゃってなんも残らんのよ。」


「そりゃもったいないなーおばあちゃん。」


「欲しけりゃなんでももってっていいよ。」


「あっ、いいっすよそんな。」



終わってみると、一軒家とすると信じられないくらいの少ない荷物で、二トンショートの三分の二にも満たない荷物となった。


家にはまだたくさんの家具やら食器、衣類などが残っているがこのまま瓦礫の下に埋もれてしまうらしい。


私も何かいい物があれば持っていってやろうと考えていたのだが、息子さんがめぼしい物はチェックしていて、正直言って私の欲しい物は何もなかった。


実際、お客さんのいらない物を貰って帰る事など滅多にないのだが、会社でリサイクル業者に引き取ってもらうといってラジカセを貰って帰った事はある。


社長に許してもらってキングサイズのダブルベッドを貰って帰ったバイトがいたが、あんなでっかい物、部屋に入ったのだろうか。


それはともかく、おばあちゃんは息子さんの車に乗って長野へ出発することとなった。


見ていると、おばあちゃんはこの家を離れるのが名残惜しいようで、少し悲しそうな表情をしていた。


いっぱいの思い出が詰まっているのであろう。


息子さんの車が先導して中央高速を西へ西へと3時間、インター降りて15分ぐらいで息子さんの家に到着した。


着いた家はというと新築の2階建ての大きな家と、これまた大きな車庫が、200坪ぐらいの広い家に建っていた。


庭は、まだ何も整備されておらず、植木さえも一本もなく、どこからか持ってきた土が敷き詰められているだけである。


「いやー、いい家ですね、ご主人」


「借金だらけですよ。ハハハ。」


 一応の社交辞令である。


しかし、実際大きな家で、これだけの家を新築するのは大した物である。


おばあちゃんの部屋は、車庫の横にある1階の8畳の和室で、さすがに新築の時に考えて設計したのであろう。


高齢者にはもってこいのトイレにも近い部屋である。


「いい息子さんじゃないか」


というのが私の感想である。


 荷物を入れるのが1階の上、トラックをすぐそこまで付けれたので、30分ぐらいで運び込みは済んでしまった。


「おばあちゃんもこれで寂しくないからよかったね。」


「あー、そうやね。今日はありがとね。助かったわ。」


私らはこれが仕事であるが、普通に仕事をして礼を言われるとうれしいものである。


「これ、少ないけど。息子には言わんとってな。」


そう言ってご祝儀袋を私と後輩に各々くれた。


「どうもありがとうございます。」


そう言った後、


「息子さん、いい家建てましたね。」


「あーこれね。半分はあたしの金よ。あの家売ったらいっぱいお金できたから。」


 この頃、東京は地上げが始まったころで、なるほど住んでいた家の土地を売れば億の額がつくのは間違いないだろう。


おばあちゃんは、急にお金持ちになったのである。


でも70過ぎてから億の金を手にしても別に買いたい物もあまりないみたいで、息子さんはおばあちゃんからお金を貰って立派な家を建て、代わりにおばあちゃんの面倒を見ることになったのだろう。


おばあちゃんが、新しい家に住むのをそんなにうれしく思ってなさそうなのが少し気になったが、しかたがないことなのだろう。


挨拶を済ませ、長野からの帰り道、ご祝儀袋を開けて見たらビックリである。


ピ、ピ、ピン札である。ご祝儀にピン札(一万円)が入っていることなど、3人で働いてまとめて1枚がせいぜいで、各々1枚入っているとはとんでもないことである。


「おばあちゃんありがとう。大切に使わせていただきます。」


後輩と共に心に近い、事務所に戻って社長の


「ご祝儀出たか?」


の問いに


「はあ、ちょっとだけ」


と、バイト代が気分的に下がってしまうのを恐れてすっとぼけた。


バイト代を貰うと、ご祝儀とそんなに変わらなかったで、喜んでいいことなのかどうなのかよく分からないまま、この日のバイトを終えた。


つづく