第一話から読んでね


ピアノ運び


 ピアノの移動というのは特殊である。


 実際ピアノ専門の運送屋がいるぐらいで、普通の運送屋は手を出さない。


 ピアノを動かしたら音が狂って調律が必要なのは、専門の運送屋が運んでもやっぱり調律は必要である。


 なぜ運ばないかというと、ご想像どおり重いから運べないのである。


 グランドピアノはもちろん、アップライト型でさえやけに重い。


 何故かは良く分からないが、重くないと音は悪そうである。


 私がバイトしていた引っ越し屋も、ピアノの場合は専門の運送屋へ依頼するように客に勧めていた。


 無難な対応であろう。


 しかし、社長はある日なぜかピアノの移動を請け負ってしまった。


 私はこの日ピアノ引っ越し要員としてだけ召集された。


 本番の家財の引っ越しを明日に控え、とりあえず今日はピアノだけ運んでおこうというようである。


 場所はマンションの2階から平屋の引っ越しで、ピアノはアップライト型である。召集されたのは私の他にもう一人学生で、社長、社員さんと合わせて合計4人である。


 実をいうと、4人いれば結構動くのではないかと私は鷹をくくっていた。


 大の男4人である。石でもない限り動くと思うのが普通であろう。


 でも実際はきつかった。


 持ち上げて動かすことはできるのだが、思うように動かないのである。


 社長さんが、


「おまえら、腰で持て、腰で」


と、喝を入れるのだが、足下はおぼつかない。


 マンションのキッチンを抜け少し細い廊下を通り抜けるとき、少しバランスが崩れた


「おーっとっとっと。」


「ゴボッ」


異様な音と共に壁にピアノの角が突っ込んだ。


「げげっ」


一瞬、社員さんとバイトの間に緊張が走ったが、社長は見て見ぬふりをするかのように、


「おい、しっかり持て、しっかり」


と一声あげて通り過ぎた。


私は、ピアノの角が壁にめり込んでいるのを、ハッキリと目撃した。


瞼にばっちり焼き付いている。


マンションの壁であるから、結構簡単にへこんでしまうらしい。


たぶん家の方もすぐに気付くであろう。


私は明日に控えた本番の引っ越し時の社長や社員さんの苦悩を想像して、ひしひしとバイトに入っていなかったことに幸せを感じていた。


やっぱりピアノは重い。


つづく