第一話から読んでね


金魚


 引っ越し現場について、事務所で話に聞いていない原チャリやマウンテンバイクが見えたときは、嫌な悪寒が背筋を走る。


 急にエアコンを持っていきたいというお客もいる。


 狭い道があったり、シーズンで大きめの車が出せない時、荷物が見積りより多いのは、引っ越し屋の泣き所であり、同時に腕の見せ所でもある。


 蝉の声が耳障りな、じっとしていても汗が出る程の暑い日、今日の引っ越しは平屋の古い都営住宅から、福生市のマンションへの引っ越しである。


 2トンロングが別件の引っ越しに使われるため、運転手もこなせる先輩バイトの大木さんが2トンショートを運転し、私は軽トラを運転して合計2台の車で出かけることとなった。


 荷物はうまく詰め込めば、2トンショートで何とかなるだろういう見積もりであり、少し余裕をもって軽トラを用意した。


 お客さんは30歳前後の若い夫婦の二人暮らしらしく、共働きで少し余裕がでてきての引っ越しと言うところだろう。


 今日の相棒は、頼りになる先輩バイトの大木さん。


 少し小太りで私より少し背は低いが、いつもニコニコしていて人当たりもよく、荷物の持ち方がうまいので一緒に重い物を持つときは助かる。


 普段はミニクーパに乗っているが、運転感覚があまりに違うはずのトラックの運転が、なぜけやけにうまい。


 積み込みもこなせるので、組むときはいつも仕事がはかどる相棒である。


 朝、事務所で打ち合わせてから2台のトラックで出かけた。


 もう一件の引っ越しは、社長と社員さんにバイトが2名(そのうち一人は食器などの詰め込み係のおばさん)の合計4名。トラックは2トンロングとショートの2台で、結構大きな引っ越しらしく既に出発していた。シーズンでもない真夏だというのに、今日は全員総出の稼ぎ時になってしまった。


 私と大木さんが担当する引越し先は、トラックで20分ほどの多摩川を超えたところにある。


 同じ形の小さな平屋が規則正しくならんだかなり昔の公営住宅らしく、今時あまり見かけなくなった建物であった。


 普通は、既に建て替えられてマンション風になっていそうなものである。


 全部同じ建物のため、お客さんの家がわかりにくいと思ったら、入口付近に地図の看板がたててあり、すぐに目的の家にたどりついた。


 古くて小さな平屋のため、トラックが近づいただけでお客さんにも到着したことがわかったであろう。


と、軒下に積まれた段ボールの向こうに鎮座する原チャリが目に映った。


「もしかしてあれもか?」


いやな想いがよぎる。


事前の見積もりと実際の荷物が違うことはよくあることだが、気分がいいものではない。その思いを振り払うように、


「おはようございまーす。運送屋でーす」


ガラガラと勢い良く引き戸を開けると、目の前のいまだ水が並々と入った水槽に、赤い金魚が悠然と泳いでいた。


「あっちゃー。もしかしてこれもか」


今日はハズレを覚悟した方が良さそうである。


なかからエプロン姿の奥さんが、パタパタとスリッパを鳴らして出てきた。


「おはようございます。お早かったですね。」


痩せがたで、長髪を後ろに束ねた奥さんは、少し化粧が厚かった。


「この天気じゃその化粧は暑いだろ」


機嫌の悪さからくるこの言葉が、喉まで出掛かって飲み込んだ。


つづいて、私たちの背後となる玄関からご主人がのそっと現れた。


「よろしくお願いします」


 やけに日に焼けた顔に、横をまっすぐ刈り上げた頭のご主人は、GパンにTシャツ姿で、既に額に少し汗をかいていた。


 なかなか片づかない荷物を、朝から整理していたのであろう。にしてもいまだ悠然と泳ぐ金魚はいただけない。

 さて、荷物の片づけ具合はと、


「それじゃ、まず荷物を見ますので失礼します。」


 サンダルを脱いで奥に入っていくと、片づけ途中の段ボールがおいてあった。


 しかもその段ボールがいっぱい花が咲いている。


 花が咲いているというのは、蓋を閉めないで立てたままガムテープで角をくっつけた状態である。


 一見多くの荷物が入る様に見える段ボール箱のこの状態は、引っ越し屋からすると始末が悪い。


 蓋が閉められていないため段ボール本来の強さが発揮できず、さらに上に物を積めないのである。


「お客さーん。勘弁してくださいよー」


 大木さんと顔を見合わして、お互いに苦笑いしながら、またまた今にも口から出そうな言葉を飲み込んだ。


 荷物の片づけ状況と、詰め込み順序を確認するために、お客さんにことわりながら一通り家を確認して廻る。

 

 まず、奥の洋服タンスの戸を開くと、未だに洋服がびっしり。


 つづく和箪笥にも衣類がびっしり。


 冷蔵庫の中身はほとんど整理されていたが、押入には無造作に積まれたストーブや扇風機、ホットプレートなどが入っていた。


 箱に入っていないため、積み込みには始末の悪そうなものが結構多い。


 されに家には少し似合わない、高級な黒いステレオが居間の真ん中においてあり、横の肩ぐらいまであるラックにはCDではなくレコードがびっしり詰まっている。


 ステレオは未だスピーカとつながったままで、電気まで入っていた。


「うー」


 結構荷物も多い。


「お客さん、外のバイクは持っていくんですか?」


「あ、はい。持っていきます。自転車もあるんですが。」


「・・・・」


 食器棚や靴箱は片づけてあったが、全ての荷物をあわせると、2トンショートでは乗りそうもない荷物である。


「よかった。軽トラもってきといて」


ホッとしたのもつかの間、窓の外を覗くと、玄関側から見えない家の裏に、小さな物置が見えた。


「この物置には何が入っているんですか?」


「あ、はい。スキーとか野球道具とかです。向こうのベランダに置けると思うんですけど」


「うー。・・・・」


中の荷物だけでなく物置自体も持っていくとの事である。


これだと軽トラに目一杯のせても危ないぐらいである。ついに先輩バイトの大木さんが


「だいぶ見積もりと差があるみたいなので、ちょっと会社に確認してみます。電話お借りできませんか?」


と、切り出した。


 確かに、話と違いすぎる。だんだん暑さも手伝って苛立ってきた。


引越しの見積もりは、通常チェックリストで箪笥が2本、テレビが19インチ1台、自転車2台等と一つずつ確認して行って荷物の一覧を作るので、あまり食い違うことはない。


ただ、非常に時間がなかったり、お金が高くなるのがいやで、ちゃんと伝えないお客さんがいて、たまに大きくズレたりする。


社長や社員さんの時間があったり、引越しもとが近かったりする場合は、事前に見に行って荷物を確認する事も多い。


今回はなぜずれたのかはわからないが、見積もりとの差は大きい。


私は交渉を先輩に任せて、いつも予備に載せてある段ボールを10個ほどおろしに行った。


組み立てていない段バール箱を担いで家に入ってゆくと、電話でお客さんの奥さんと、たぶん社長の奥さんとが話しているのだろう。


先輩にどうなったかを聞くと食器棚、物置、原チャリ、自転車の料金を追加して段ボールの追加や、荷物が多いのは目をつぶる事になりそうだとの事である。


私はまーそんなとこかなと思いながら、暇そうなご主人をつかまえて、


「お客さん、金魚もっていくんですよね。」


と探りをいれた。


「あ、はい。」


「水が入ったままじゃ水槽持っていけませんよ。あと金魚どうやって持っていくんですか?」


お客さんというのも忘れて、容赦なく攻め込んだ。


ご主人は、


「バケツに水をいれて持っていきます。」


「そうですか。じゃ、レコードと水槽の片づけよろしくお願いします。」


生き物は、基本的に運ばない。何かあったら困るためであるが、どうしてもという場合は、小さな運送屋としては、責任はすべてお客さんが取るということわりにの元、当日受けざる得ない時もある。


通常、片づけ具合が悪いと、すこしでも早く終わるために手伝うのだが、レコードは私にとっては特別扱いである。


何故かというと、以前レコードを片づけようとしたときにお客さんに


「さわるんじゃねー」


と叫ばれたことがあるからである。


今時ドーナツ版レコードをたくさん持っている輩は、危険である。


タンス類の整理もまだなので、私は洋服ダンスの衣類を先に降ろした段ボール箱に詰める作業を始めるため、箱を組み立てはじめた。


今日の場合は、洋服ダンスを空にして車に積め込んだ後、軽い段ボールをタンスのなかに詰めていかないと、すべての荷物が載らない恐れがある。


和ダンスもしかり。引き出しの荷物は箱に詰めず、引き出しをはずした後トラックに積み、衣類の入った引き出しをまたタンスに収めていくことで、荷物を減らすしかない。


 お客さんから電話の受話器は先輩の大木さんに戻され、会社からの指示を先輩が聞いていた。


 多分追加料金を聞いているのであろう。


 ひとしきり話をした後電話を終え、先輩が私に近づいてきて、


「それじゃ、始めるか」


と気合を一発入れていた。


「まずは、タンス関係だな」


と、先輩も動きがキビキビし始め、洋服ダンスの衣類を詰め込み始めた。

 
 片付いていない引越しは非常に時間がかかる。


 前にも書いたが、引越し屋は荷物が多いことや、重いことはあまり気にしない。


 その分お金ももらえるわけだし、慣れているから苦にもならない。


 それよりも、今回の様に片づけ具合が悪かったり、段ボールの蓋が立ててあるものばっかりは、すごく嫌である。


 妙に荷物運びを手伝ってくれたり、重い荷物も本職(私はちょっと違う)に任せないで、手をだしたりするのにも閉口する。


 段ボールを受け渡すのに、地面に置くには上下運動がおおいため、土台としておいてある荷物まで、エッサホイサと持っていってしまう気がききすぎるお客さんもいる。


 お客さんらしく、軽いものを運ぶのを手伝う程度で、置く場所の指示や、事前の片づけをしっかりしてくれるのが、よいお客さんである。


 まず、タンス類をトラックに載せた後、トラックの幌の一番上まで、隙間を段ボールで詰めていった。


 大木さんも詰め込みがうまいので、交互に荷台に上ってできるだけ効率よく詰め込んでいった。


 まるでパズルのごとく荷物を組み合わせ、隙間があればドンドン詰めていく。


 厄介ものの物置は軽トラに横にして置くことにし、原チャリも軽トラに載せることにした。


 食器棚やステレオを詰め込んで大方の大物家具を運び終え、小物の段ボール類を間に詰め込む作業に入っていった。


 小さな本棚もいくつかあり、間にいくら詰めてもだんだんトラックの隙間がなくなってきた。最後には冷蔵庫と洗濯器を詰め込まなければならない。


「ううう きつい。」


押入の中からでてくる家電品の箱の山や、何故か今時大きな茶箱。


「もしかしてこれも持っていくのかー」


と叫びたくなる古いミシン。


ハードケースに入ったギター等はしっかり場所を取る。


お客さんに


「これ持っていくんですか?」


ともはや聞くのが恐い。


まだ、自転車一台も載せねばならない。


荷台のお尻にあるアオリを立てないで横にしたまま、一見荷台を伸ばす裏わざを使いなんとか自転車を固定した。


とにかく、ロープと幌でしっかり固定し、荷台からは明らかにはみ出ているのだが、載ることはのった。


まー、幌の上まで荷物がないだけましである(以前幌の上に2台の自転車を載せたことがある)。


「あれ?金魚はどうしました?」


お客さんに聞くと


「軽トラに載せました」


「水とかはこぼれませんよね」


「大丈夫です。ビニールでしっかり蓋しましたから」

「ふーよかった。」


積み込み後のお客さんの決まり文句の、


「どこにこんなに物が入ってたんでしょうね。」


とともに


「いやーよくも全部積み込みましたね」


の満足感。


最大積載量を越えてるのではと思わせるタイヤの沈みが、努力の跡を忍ばせる。


これもまた引っ越し屋の醍醐味である。


「ふー疲れた」


最後に忘れ物はないか確認して、いざ出発である。


引越し先は福生市で、そんなに遠くない。


ただ、武蔵野の南北の道は、多くの開かずの踏み切りがあるため、上手に渋滞を避けないと必要以上に時間がかかってしまう。


1時間半ほどで、目的地のマンションに到着した。


マンションは、タイル張りの上、6階建てで結構家賃高そうである。


引越しは4Fであるが、エレベータもあるので、台車に載せてころころと荷物を運べばいい。


片づけ具合は悪かったが、いったん載せてしまってからは、ほかのお客さんと同じなので、もう苦労することはなさそうである。


到着してから荷物を降ろす前に、少し遅めの昼食をとることになった。


近くにとんかつ屋があったので、そこに入って大盛りのヒレカツ定食を注文した。


お客さんは一緒にこなかったので、会社持ちの昼食である。


東京のとんかつ屋は高いので、ヒレカツ定食はこのバイトでしか食べられない。


ガツガツと嫌なことを振り払うかのごとくカツを食らった。


でもうまい。


お客さんは、どこに食べにいったのだろう?


とか、ミニクーパーの話をしながらの食事となった。


お腹いっぱいになって一息すると、目の前のひらがなで「こーひー四百円」の張り紙が目に入り、とんかつ屋にも関わらずコーヒーを頼んだ。


すると、なんとコーヒーカップの上にモンカフェ(パック式のドリップコーヒー)が乗ったまま運ばれてきた。


確かにここは喫茶店ではないから、コーヒーにこだわりはないであろう。


でも、モンカフェでもいいから、入れた後にはずしてきてほしかった。そうすれば、とんかつ屋のコーヒーにしては、おいしいという評価になったのに。


さあ、腹ごなしをしたので仕事である。


戻ってみるとまだお客さんは食事から帰ってなかった。


しかし、鍵もあいたままだし、早く終わりたいので大きなものから運び始めた。


エレベータを使うと時間がかかるが楽である。


廊下を台車で運ぶと、ほとんど力を出さなくてもいい。


角にぶつけて傷をつけるのを気をつけさえすればいい。


10分ほどして、お客さんが帰ってきた。


自転車を下ろし、冷蔵庫と洗濯機をおろしたところで目の前に大変なものが現れた。


「あっ」


荷物を隙間なく詰め込むために、中にビニールに入った熊のぬいぐるみが積み込まれた水槽がそこにあった。


「まずい」


「お客さん。金魚は!!」


私が叫ぶと、お客さんも


「あーっ」


ご主人が走って、少し離れた所においた軽トラに駆け寄った。


私たちも後を追った。


そこには水がこぼれない様にビニールで蓋をされたバケツがあった。


ご主人がその青いビニールをとると、そこには赤い金魚が3匹ふかふかと横腹を見せて浮かんでいた。。


BGMにモーツァルトの「レクイエム」が聞こえた。


「そりゃこの暑さじゃねー」


とも言えないので、重い雰囲気が空間を支配した。


あの昼ご飯がダメ押しだったと思う。


ただ、空気ポンプも入れず、この暑さのなか1時間以上もバケツにいれておけば、目的地に着くまでに息絶えていただろう。


今日は本当についていない日である。お客さんにとっても追加料金を取られた上に、大事な金魚も死んで散々な引越しだったろう。
 
引越し準備は周到に。


生き物は大切に。


今日の教訓である


つづく