またまた、釣り関係ないです。
引越しすることになりました。近くにwww
う、う、う、海が少し遠くなる! ありえなぃいいい
あ~引越しの準備が大変だ~っ 引越しってお金かかるね~っ
ってことで釣りに行けない日々が続いてるんですが、
実は私は学生時代、引越し屋でアルバイトしてまして、最終的には運転手までやって仕切ってました。バイトのくせにwww
その体験を後日、まとめたものが、何故か引越し専門誌に連載され、結構な人気となり、本になりかけたんですが、ネタ切れもあってやめました。
引越しするにあたって、懐かしいな~と、その記事をここで連載します。あまりに釣りに関係ないので、表題には◇文字を付けて見分けられるようにしますので、興味ない人はスルーしてね
以下、初回 昼逃げの巻
「おい,気を付けろよ。重いから。」
両手の拳を肩の上に持っていき、上に向けて引き上げる形の独特な持ち方で、2ドアの冷蔵庫を背中に担いで階段を登っていると、後ろから社長が声をかけてきた。
冷蔵庫を一人で運ぶのにこんな持ち方が楽なことは、普通の生活をしていても分からない。大学3年生の私は今日、一ヶ月ぶりに引っ越しのアルバイトをしていた。
学生時代は、時間はあるがお金がない。欲も強いがそれを満たす先立つものがやっぱりない。自ずと時間にまかせてアルバイトに精を出すわけである。
私も人並みにアルバイトを幾つか経験した。
家庭教師、交通量調査、ゲームセンターの店員、映画の現像所の暗室作業、バイクオークションの運転手、そして引っ越し屋とその他単発で数種類のアルバイトを経験した。
一番長く続いたのは、住んでいた下宿のすぐ横にあった映画現像所の暗室作業であったが、一番印象に残っているのは引っ越し屋である。
引っ越し屋と言われて通常の人が頭に抱くのは、汗だくだくで階段をタンスを担いでエッサエッサと運んでいるような”きつい”という印象であろう。
この体力的な”きつさ”を回避するいろいろな手だてはあるのだが、私が心に残っているのはこの”きつさ”ではなく、引っ越し屋が持っている普通の人がしたくてもできない特権のことである。
それはつまり、堂々と他人様の家の中に上がり込んで、隅々まで観察できること。東京に住む多くの人々の生き様を目の当たりにできることは、田園広がる田舎から上京してきた世間知らずの若者にとって、新たな世界を垣間みることであり、引っ越し屋として目にした路地裏の生活は、一度に他人の苦労や幸せを自ら経験したような錯覚にも似ており、少し自分が成長した様な気がしたものである。
柱に付いた傷や、部屋に残る独特のきな臭さでさえ、そこに住んできた人々の生きてきた証であり、引っ越し屋は、それらを一度に目にできた貴重な経験であった。
引っ越し屋さん
私がアルバイトしていたのは、非常にこじんまりとした引っ越し屋であった。トラックは、2トンロング1台、2トンショート2台(文字どうり2トン車の長いタイプと短いタイプ)、軽トラック1台ですべてである。
従業員は、自分で仕事もする40代はじめの社長と、30代半ばの社員1名、後は学生のアルバイトでまかなっている小所帯であった。
運搬力が小さいため、大きな屋敷などの大規模やお金持ちの引っ越しは、”引っ越しセンター”と呼ばれる大手がほとんどやってしまい、この引っ越し屋でまかなっていたのは、独身者や、せいぜいマンション程度の引っ越しがほとんどであった。
そのためか、あまり豪勢な屋敷にお目にかかる機会は、少なかった。その他、市の福祉課から、生活保護を受けているような老人の一人住まいの引っ越しなども請け負っていた為、意外と世間の相場より安く請け負っていた事も手伝ってか、苦労人や訳ありのお客が多く、生き様という面では多岐にわたっていたように思える。
事務所は私の住んでいた下宿から歩いていけるところにあり、学部の先輩の紹介でバイトを始めた。大学1年の後半から3年の後半まで約2年間、月に1、2回のペースで働いていたが、春先の引っ越しシーズンには5日連続でバイトしたこともあった。さすがに時給の面では、他にやっていたバイトの1.5倍ぐらいで、お金がないときなどは非常にありがたかった物である。
経験を積んだ後、運転手をやっていた頃は、通常のファーストフードのバイトに比べると3倍ぐらいの時給はもらっており、貧乏な生活が2、3日のバイトで豪勢な食事に変わることも結構あったのを覚えている。
昼逃げ
アルバイトを初めて間もない頃は、通常助手としてひたすら荷物を運ぶ役である。古い公団の五階建ての建物に当たったものなら悲惨である。そんな場合に限って、おっきな荷物が山盛りである。その頃の引っ越しで、田舎でぬくぬくと育ってきた私には少しショックキングな人生の一端を、目の当たりにした仕事に出くわした。
朝トラックに乗って引っ越し現場に向かうとき、運転手をしている社員さんがポツリと
「引っ越し先の住所を大家に聞かれても、助手なんで聞いてませんと言っとけよ」
と言ってきた。私は何でだろうと不思議に思ったがとりあえず
「はい」
と素直に返事をしてトラックの助手席に座っていた。
1時間ぐらい経って現場に着いてみると、小さな一軒家というか、離れの様な小さな家が、大家の家らしき2階建ての建物の横に併設している東京ではあまり見られない形態の建物であった。
どちらの建物も築20年以上の古い木造建築である。
玄関を開けると、お客さんと思われる少し痩せた目のたれた35歳位の男性と、その奥さんらしき女性ががでてきて、かなり小さめの声で、
「どうもご苦労さんです。お早かったですね。」
と挨拶をしてきた。引っ越しの時、いつの場合も到着して一番最初に気になるのが荷物の片づけ具合である。
すっかり段ボール箱に詰め込み終わって、さあどうぞと言わんばかりの客ならしめたものだが、多くの場合、いきなりの一言が
「どーもすいません。まだあんまり片づいてなっくて」
という言い訳から始まるのが常である。これだとしかたなく料金には基本的に含まれていない荷物の詰め込みから始めなくてはならず、
「それなら詰め込みサービスを利用しろよ」
とつぶやきながら、食器を梱包材でくるんだりするのである。今回のお客の場合、玄関からのぞく奥の部屋の片づけ具合は80点てところで、心では
「よし、楽勝か?」
と思いながらサンダルを脱ぎ始めたところ(ちなみに引っ越しをする場合しっかりと安定したサンダルが一番いい。かかとがつぶれた運動靴みたいな履き物が一番具合がいい。家に上がったり降りたりがしょっちゅうあるためである)、お客さんの
「あのー」
と申し訳なさそうな言葉に続いて、
「大家さんに引っ越し先を聞かれても言わないでください」
と言ってきた。運転手である社員さんが
「聞いてます。聞いてます。」
と返事をすると、安心したような面もちでお客さんが
「それから持っていかない荷物があるんですが、それには印をつけておきましたから」
社員さんは辺りを見回して一つ椅子を見つけると、
「このシールですね。わかりました、わかりました。」
この社員さんは、癖で同じ言葉を繰り返す。お客いわく、
「そうです、そうです。それじゃ私たちはココお願いします。この場所で待ってますので」
もってあった手書きの地図のある場所を指し示すと、それを社員さんに手渡して、
「できればなるべく静かに願います。」
とだけ言って、お客夫婦はそそくさと出ていってしまった。
?ちょっとおかしい。
普通なら家族の誰かが引っ越しにはつきそうものだが、家には私たち引っ越し屋だけになってしまった。荷物が片づいているため、特にお客さんが必要な訳ではないので、私は何か変だなと思いながらも家に上がり込んで荷物を運び始めた。
社員さんも、なに食わぬ顔で黙々と荷物を運び始めた。
良く見るとこの家は外見以上に結構傷んでいる箇所が多い。
どうも子供がいるみたいで、襖はぼろぼろ床は傷だらけ、柱は何か彫ってあって壁には落書きだらけであった。荷物にも子供のおもちゃが幾つか見られ、二人は子供がいるな、と言う感じであった。
1時間もしないうち、荷物が半ば運び終わった頃ひと休みしていると、玄関がいきなりガラガラと開いて
「あらー、なによこれ!!」
結構貫禄のあるおばさんがはいってきた。私はなんだなんだ、という感じであったが、そのおばさんドコドコとあがってきて
「あんたら運送屋さん?岡本さんはどこにいるの?」
岡本さんは今回のお客さんの名前である。社員さん全くといっていいほど平然として、表情を変えず、
「だいぶ前に出ていきましたけど」
怪訝な顔をしておばさんは、
「いやーなんだろね もー、私大家だけど、なにも引っ越しなんて聞いていないわよ」
念入りに辺りを見回している。痛んでいる柱などをピクピクッと反応しながら、一通り眺めた後、
「岡本さんはどこ?あんたら知ってんでしょ。これどこに運ぶの?」
貫禄のある体からどっと質問が押し寄せてきた。社員さんは冷静に
「会社からは聞いてませんよー。一端うちの倉庫に預かるとか言ってましたよ。私らはただの運送屋ですから。」
社員さんは落ちついている。大家おばさんは鬼のような形相で
「どうするのよー。ここ二カ月の家賃ももらっていないのよ。それにこんなに家を傷めて敷金だけじゃ足りないわよ。行き先を教えなさいよ。」
「聞いてないから教えられませんよ。岡本さんに聞いてください。」
社員さんは、岡本さんが二度とココに現れないのを知ってて言っている。
「おい、そろそろ始めるか。」
私たちは、再び黙々と荷物を運び始めた。
引っ越し屋は荷物が整理されていると、素人が思っているより異常に速く荷物を運び出す。荷物の持ち方や順序を知っているためであろう。
大家のおばさんの苛立ちを隠せぬ顔の横を、せっせと荷物を運び出す。大家さんは、何かぶつぶつ愚痴をもらしながら家の中を動き回っている。あともう少しで運び出し終了という段になって、
「この荷物なによ!こんな汚いもの置いたたままにするの?持っていってよ!」
言わずとしれたシール付きの荷物である。さすがに運ぶ必要のないものだけあって使いものにならない家具やこわれたおもちゃなど、どう見てもいらない。ココでも社員さんは飄々として
「置いておいてください、ときいてますのでもってけませんよ。岡本さんにいってください。」
そのまま大家さんの絶え間ない愚痴を後目に荷物を運びだし、そそくさと
「終わりましたので失礼します。」
妙に丁寧に礼をして家を出ていこうとした。大家おばさんは最後にもう一度
「行き先知らないのほんとに!こんなに物置いてかないでよ!」
と半ば泣き声で言っていたが、社員さんは私に向かって
「さあ行くぞ」
と言って、さっさとトラックに乗ってしまった。私もおばさんがかわいそうだなと思いつつも助手席に乗り込むと、トラックは発進してしまった。社員さんは少し小さな声で
「私たちのお客さんは、今日は岡本さんだから」
とだけ言って黙々と運転をし始めた。1kmぐらい走った左手の駐車場に、今日のお客さんの岡本さんが車に乗って待っていた。中には子供が二人乗っていた。その車は傷だらけで、片方のライトが完全につぶれている私が子供の頃に見たモデルの白いギャランシグマであった。
「どうもすいません。大家さんに気づかれましたか?」
社員さんは、
「ええ。行き先を何度も聞かれましたが言ってませんので」
岡本さんはホッとした表情で
「ありがとうございます。」
この後、公団の2階に引っ越しを済ませた。
この日、引っ越しアルバイトの最大の楽しみであるご祝儀が(ご祝儀はバイト代に関係なくとっぱらいで、働いた人での頭割りである。現在はあまりこの習慣はない)社員さんと二人で千円だったのにはガックリきたが、苦労で痩せているご主人の申し訳なさそうな顔を見ると、まあしかたないかと500円ずつ社員さんと分けて顔を見合わした事を今でも覚えている。
東京ではこの手の引っ越しが結構多い。
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