アンテナ
私は世間的には引越し屋ではなく、大学生である。
授業にはほとんど出ていなかったが、一応理系であり、専門知識を学んでいることになっている。
数学が一応得意で、音が電波に乗ってラジオから聞こえる原理も知っているし、コンピュータがなぜ計算できるかも説明できる。
私の周りに幾人かいるマニア系の友人は、ステレオを自作したり、ゲームソフトをプログラミングしてお金を稼いでいる輩やら、人によってはテレビ局の大道具に入り浸っているものもいる。
そんな環境で生活している私が、世間知らずをひしひしと実感させられた引越しがあった。
その引越しは、マンションからマンションの引越しで、一人暮らしの35、6歳の女性がお客さんであった。
社長と二人での引越しで、お客さんはどうもフリーのライターらしく、見た目もちょっとアーティストが入っている。
荷物はさっぱりと少なく、食器類とインテリア系がやけに多かった。
割れ物が多くて傷つきやすそうな荷物が多かったので、気は使ったが、荷物自体が少なかったので楽な仕事であった。
別に取りたてて問題もなく荷物を入れおわったとき、お客さんが
「あのーアンテナつなぐことできます?」
といってきた。
今日は次の仕事も入っていないし、ほとんど荷物を降ろすのも終わっている。
さらに、トラックのコンソールには常時工具セットが入っているので、簡単につなぐことができるため、
「ええ、構いませんよ」
と引き受けた。
理系の大学に通っている私にとっては、アンテナ接続は、造作のないことで、どっちかというこ本職に近い。
ペンチを巧みに使い、アンテナ線の同軸ケーブルの被覆をむいて、マンションの共用アンテナ口にまず一方をつなぎ、もう一方をビデオにつないだ。
社長も私を気にする様子もなく、ゆっくりと最後の方の小さい荷物を運んでいた。
続いて、余っているケーブルでビデオとテレビを繋いで接続は完了である。
テレビの電源をいれて大丈夫か確認してみると、ゴーストもないきれいな画面が出てきた。
「わあー。ありがとうございます。すごいですね。ついでにステレオもつなげません?」
お客さんが喜んでくれるのはうれしいので、
「いいっすよ」
と言って、ステレオとCDデッキやカセットデッキ、スピーカなどをさくさくと繋いだ。
「すごいですね。説明書もなしに。電気屋さんみたいですね。」
「そうですか」
誉められるとうれしいが、私にとっては特にすごいことではなく、私の友人にとってもまず、すごいことではない。
アンテナからテレビまでの接続は繋ぎ方は一つしかないし、ステレオの裏には色分けされたジャックと、CD,カセット、スピーカと記されたマークがかかれている。
ステレオも電源をいれてみて、CDを再生してみると、左右両方のスピーカーから乾いた音が流れてきた。
ちなみに試しにかけたCDはドリカムだった。
別に引越し代には含まれていないが、喜んでもらえると私もニコニコである。
社長さんが
「これで、終わりです。」
と、鉢植えの観葉植物を抱えてあがってきた。
お客さんから代金の受け取って領収書を渡して終了である。
私はトラックから持ってきた工具を脇にかかえ、
「ありがとうございました」
と頭を下げて引き上げた。
トラックで事務所へ帰る途中、社長がポツリと
「あんまり、電気屋の仕事とるなよ」
と、つぶやいた。私は
「へっ」
と思ったが、あまり気にも止めずにトラックの外の景色を眺めていた。
事務所で今日のバイト代を受け取り、
「失礼しまーす」
と引き上げようとすると
「またお願いねー」
社長の奥さんが声をかけてきた。
特別トラブルもないこの引越しの事は、徐々に私の記憶から消えていくことになったが、数ヶ月後突如思い出されることとなった。
それは私が久しぶりに実家に帰ったときのことである。
居間のテレビが21インチから29インチにグレードアップされており、S―VHSのビデオデッキもテレビ台に収められていた。
話を聞くと、近くの電気屋さんが売り込みに来て、配線もすべてサービスでやってくれたと両親は満足げだった。
私が実家にいると、このテレビとビデオの配線は私がやっていただろう。
でも、私の両親にとっては、テレビのアンテナを繋ぐことはいくら取扱説明書に書いてあっても大変なことなのである。
ましてやビデオを介してとなると難しさ数倍である。
そう、ここは電気屋さんの領域なのである。
私がどんなに簡単だと思おうと、世の中の多くの人が電気の話しは苦手であり、アンテナの配線だけでサービス料が取れる世界なのである。
料金を取らなくても、お客に好感を与える絶好の機会を私は電気屋さんから奪っていたことになる。
社長は、引越し屋が同じ客を何度も相手にすることが少ない業種と認識しており、お客を一時的に喜ばすことばかりが良いことではないぞと言いたかったのだろう。
とはいえ、進んで仕事をする私を諌めるのも気が引けたのでもあろう。
私がこの後、引越しのお客に生活が余裕がありそうなとき、アンテナやステレオの接続は「専門外ですから」
と断る事にした。
ただ、福祉課の仕事や裕福さが感じられない時は、車から工具を降ろすときもたまにあった。
すべての人を幸せにすることはできないし、共存ばかりを重視してよりよいサービスを追求しないこともまた、この業界では罪悪であろう。
自分のとる行動が周りに与える影響を感じながら日々働くのは、なかなかシビアなものである。










